脱エクセルの進め方|全部を一度に変えない順番の決め方
「脱エクセル」と言われて最初に浮かぶのは、いま使っている管理表をどうするか、という話だと思います。工程表も、担当の一覧も、進捗の集計も、全部あの1ファイルに入っている。それを丸ごと別の道具に移すのは、想像しただけで手が止まります。脱エクセルの進め方でつまずく原因の多くは、道具選びではなく、この「丸ごと移す」という前提のほうにあります。
結論から書きます。全部を一度に変える必要はありません。表計算が向いている仕事はそのまま残し、複数人が同時に触る部分だけを先に外へ出す。そのうえで、しばらく両方を動かす期間を置き、条件を決めて古いほうを閉じる。この順番で進めれば、途中で戻ることになっても損失は小さく収まります。
この記事では、いまチームのどこが詰まっているのかを見極める材料、残してよい表と先に移すべき業務の分け方、並走させる期間の設計、そして古いほうを閉じるタイミングの決め方までを、段取りとして順に整理します。読者として想定しているのは、5人から数十人のチームで進行をとりまとめている人です。
表計算をやめる話の前に、表計算が得意な仕事を確認する
脱エクセルという言葉には、表計算そのものが古い道具であるかのような響きがあります。実際には違います。表計算は、いまも計算と集計の分野で最も速く手が動く道具のひとつです。ここを取り違えたまま移行を始めると、得意なところまで一緒に手放してしまい、以前より不便になります。最初にやるべきなのは、いまの表のうち「表計算だから成立している部分」を切り分けて守ることです。
計算と集計は表計算のほうが速い
見積の積み上げ、原価の試算、条件を変えながらの数字合わせ、月次の集計。こうした作業は、セルに式を書いて結果を見ながら数字を動かす形が最も速く、専用のツールに移すと逆に遠回りになります。「単価を変えたら全体がどうなるか」を10秒で試せる環境は、進行管理の道具ではなかなか再現できません。
ピボットで切り口を変えながら傾向を見る作業も同じです。行と列を入れ替えて眺める、という操作は表計算の中核であり、ここを他へ移す必然性はほとんどありません。脱エクセルを進めるときも、計算と分析のファイルは最後まで残る前提で考えたほうが現実的です。
さらに、社外へ渡す成果物の形式としても表計算は強い立場にあります。取引先に数字を送るとき、相手が確実に開けて、そのまま自分の計算に取り込める形式は限られます。1つのファイルで完結して渡せることは、それ自体が価値です。
一人で完結する作業は表計算のままでよい
移行の判断で効くのは、機能の多さではなく「同時に何人が触るか」です。作るのも更新するのも一人、見るのも本人だけ、という表は、どれだけ複雑でも表計算のままで問題が起きません。困りごとは、触る人が2人以上になった瞬間から始まります。
個人の作業メモ、下書きの計算、社外に出す前の試算。こうしたものまで新しい道具に移そうとすると、チームは「全部を新しいやり方でやらされている」と感じます。移行の初期にその感覚を持たれると、あとから本当に移すべきものまで抵抗されます。守る範囲を先に宣言しておくことは、移行を進めるための実務的な配慮でもあります。
「使い方が合っていない」だけの場合がある
現場でしばしば出るのは、表計算そのものではなく使い方に無理があるだけ、という状況です。1枚のシートに工程表と担当表と課題一覧と議事メモが同居していて、列が横に40列以上伸びている。行の高さが揃わず、印刷すると何ページにもなる。こうなると誰も全体を把握できません。
この場合、まずやることは道具の入れ替えではなく、シートを役割ごとに分けることです。分けてみると、そのうちの一部だけが「複数人で同時に動かす必要のある部分」だと分かります。脱エクセルの進め方として最初に手を付けるのは、そこだけです。全体を作り替える話ではなくなるので、着手の心理的な負担も大きく下がります。
全部を一度に変えると、たいてい元に戻る
移行の失敗の型はほぼ決まっています。新しい道具を契約し、既存の管理表の内容を全部移し、チーム全員に「明日からこちらで」と告知する。この進め方は、うまくいく確率が低いわりに、失敗したときの後始末が重くなります。
一度に変えると何が起きるか
まず、移した直後は誰も新しい場所の全体像を把握していません。これまでは1ファイルを開けば見えていたものが、画面のどこにあるのか分からない。分からないので、確認のために結局は元のファイルを開く。すると新しい場所は更新されず、2週間ほどで実態と食い違い始めます。
次に、移行の途中で必ず抜けが見つかります。取引先ごとの特記事項、去年の担当者が入れていた計算式、印刷用に整えていたレイアウト。全部を一度に移すやり方だと、この抜けが本番運用の最中に見つかります。締切が近い案件の情報が抜けていたと分かったとき、チームは新しい道具を信用しなくなります。
そして最も重いのが、「戻す」判断の難しさです。全部を移してしまうと、戻すのも全部です。移行に費やした時間を無駄にしたくない気持ちが働き、うまくいっていないのに続けてしまう。よく聞くのは、誰も更新していない新しい画面と、裏でこっそり生き続けている古いファイルが並存したまま数か月が過ぎる、という状況です。
変える単位を小さくする
対して、単位を小さく切って進めると、失敗が失敗のまま終わりません。ひとつの業務、ひとつのチーム、ひとつの案件から始めれば、合わなかったときに戻す範囲もその分だけです。移してみて初めて分かることは必ずあるので、「戻せる大きさ」で試すこと自体が段取りの一部だと考えたほうがよいです。
小さく切るときの単位は、部署ではなく業務で切るのがうまくいきます。「営業部を移す」ではなく「案件の進行状況の共有だけを移す」。前者は関係者が多すぎて調整が終わりませんが、後者なら関わる人は限られ、扱う情報の種類も絞られます。
公的な資料でも、業務のデジタル化については段階を踏む考え方が繰り返し示されています。
(要旨)業務のデジタル化は、いきなり全体を作り替えるのではなく、取り組みやすく効果の見えやすい業務から段階的に進めることが現実的である。 出典: chusho.meti.go.jp
段階的に進めるという方針は、控えめな選択に見えて、実際には最短の道であることが多いです。一度で決めようとするから設計に時間がかかり、決めたものを覆せなくなります。
いま詰まっているのはどこか、を先に特定する
移す対象を決めるには、いま何に困っているのかを言葉にする必要があります。「エクセルだと限界がある」では対象が決まりません。よくある詰まりを型に分けておくと、自分のチームがどれに当てはまるかで判断しやすくなります。
詰まりの型1: 更新できる人が1人に固定されている
工程表を引いている人からは、この件で困ったという話をよく聞きます。線を引き直すのはいつも同じ人で、その人が作業している間、他のメンバーはファイルを開けないか、開いても古い内容を見ています。「編集中です」と表示されて閉じる、という経験が続くと、そのうち誰も見に行かなくなります。
この型の厄介なところは、詳しい人が一人いることで、なんとか回ってしまう点です。回っている間は誰も問題として口に出しませんが、その人が休んだ週に一斉に止まります。更新の権限が一人に集まっている状態は、道具の問題であると同時に、進行の設計上の弱点でもあります。
詰まりの型2: 同じ表が枝分かれしている
「最新版」「最新版_修正」「最新版_修正_確認済」。ファイル名に版数が増えていくのは、複数人が同じ表を必要としている合図です。メールやチャットに添付して送った時点で、そのファイルは分岐します。受け取った側が手元で書き足せば、正しい内容が2か所に分かれます。
枝分かれが起きているかどうかは、ファイルの検索で確認できます。似た名前のファイルが3つ以上見つかったら、その業務は移す候補です。共有フォルダやクラウドストレージに置いて共同編集にすれば緩和はできますが、誰がどこを変えたのかを後から追う、という点では限界が残ります。
詰まりの型3: 期限と担当が表の外にある
表には作業の名前と工程が入っているのに、「誰が」「いつまでに」はチャットの会話や口頭の申し送りにしかない。この状態だと、表を見ても進行の判断ができません。結果として、進捗を確認するたびに人に聞くことになり、とりまとめる人の時間がそこに吸われます。
担当と期限が表の外にあるかどうかは、簡単に判定できます。表を印刷して、それだけを見て「明日誰が何をするか」を言えるか試してみる。言えないなら、その表は共有の道具として機能していません。
詰まりの型4: 状況を知るのにファイルを開く必要がある
進捗を知りたい人が毎回ファイルを開き、該当の行を探し、色や記号の意味を思い出す。この手数が積み上がると、確認そのものが面倒になり、聞いたほうが早いという判断になります。すると「聞かれる人」の負担が増え、その人が答えるための情報をまた別の場所で管理し始めます。
状況が一目で分かるかどうかは、新しく入った人に見せてみると分かります。説明なしで「いま何が止まっているか」を指させるなら問題ありません。指させないなら、表の形式ではなく見せ方の設計に無理があります。
詰まりの型5: 表を作る作業自体が仕事になっている
週に一度、各所から状況を集めて表を更新し、会議用に体裁を整える。この作業に3時間かかっているなら、それは表を作るための仕事であって、進行を進めるための仕事ではありません。入力する人が増えないと、進捗の表はすぐ嘘になります。集める側が頑張るほど、現場は「報告すれば誰かがまとめてくれる」状態に慣れていきます。
この型に当てはまるチームは、移行の効果が最も出やすい一方で、移行の難易度も高いです。まとめ役が入力を代行してきた分、現場に入力の習慣がないからです。移すときは、入力の負担をどこまで減らせるかが最初の設計課題になります。
残してよいエクセルと、先に移すべき業務の見分け方
詰まりの型が分かったら、次は業務ごとの仕分けです。ここを感覚でやると、移す範囲がじりじり広がって収拾がつかなくなります。問いの形で基準を持っておくと、迷いが減ります。
見分ける4つの問い
第一に、その表を更新する人は何人いるか。一人なら残す、複数なら移す候補です。これが最も効く問いで、他の条件より優先して構いません。
第二に、その表は計算のために存在するか、共有のために存在するか。数式が中心で、結果の数字を出すことが目的なら残します。誰がどこまで進んだかを伝えることが目的なら移す候補です。
第三に、その情報は「いま」を表しているか、「記録」を表しているか。刻々と変わる状態を追いかけるものは移す候補、確定した記録を保管するものは残してよいです。確定した数字は、むしろ表計算のほうが扱いやすいです。
第四に、その表が古くなっていたとき、誰かが困るか。困るなら共有の道具に置くべきで、困らないなら移す優先度は低いです。「一応作っているが誰も見ていない表」は、移行の対象ではなく廃止の対象です。移行を機に、この種の表を減らせると効果が大きいです。
判断の早見表
| 対象 | 主な目的 | 更新する人 | 判断 |
|---|---|---|---|
| 見積・原価の試算 | 計算 | 1人 | 表計算のまま残す |
| 月次の集計・分析 | 集計 | 1〜2人 | 表計算のまま残す |
| 案件ごとの進行状況 | 共有 | 3人以上 | 先に移す |
| 課題・懸案の一覧 | 共有 | 3人以上 | 先に移す |
| 担当と期限の割り当て | 共有 | 複数 | 先に移す |
| 確定した実績の記録 | 保管 | 1人 | 表計算のまま残す |
| 会議の議題と決定事項 | 共有 | 複数 | 移す候補(優先度は中) |
| 社外へ提出する数表 | 提出 | 1人 | 表計算のまま残す |
この表は目安です。実際には、同じ「案件の一覧」でも中身が計算寄りか共有寄りかで判断が変わります。列を1本ずつ見て、計算のための列と共有のための列に分けてみると、境目がはっきりします。
迷ったときは「更新する人の数」で決める
4つの問いで答えが割れたときは、更新する人の数を優先してください。道具を入れ替えるとき、判断材料の大半はここに集まります。同時に触る人が増えるほど、表計算は不利になり、専用の道具の利点が出ます。逆に一人で完結するなら、どれだけ複雑でも移す理由は弱いです。
もうひとつの目安は、その業務が止まったときに何人が待たされるか、です。待つ人が多い業務ほど、状態が見えることの価値が高くなります。とりまとめる立場から見て「進捗を聞かれる回数が多い業務」は、たいていここに該当します。
移す順番を決める段取り
対象が決まったら、順番の設計です。ここは手順として固定しておくと、担当が替わっても同じやり方で進められます。
段取り1: 対象を1つに絞る
最初に移すのは、ひとつの業務だけにします。選ぶ基準は「困っている度合いが大きい」ことよりも、「関わる人が少なく、期間が区切られている」ことです。進行中の重要案件は避けます。失敗したときの影響が大きすぎて、慎重になりすぎるからです。
適しているのは、これから始まる小さめの案件、定例的に回っている繰り返し業務、あるいは5人前後で完結するチームの進行管理です。この規模なら、合わなかったときに口頭で「元に戻します」と言えば済みます。
段取り2: 列の棚卸しをして持っていくものを削る
既存の表の列を全部書き出し、それぞれについて「直近3か月で誰かが実際に使ったか」を確認します。使っていない列は持っていきません。ここで削らないと、新しい場所にも同じ複雑さが再現され、移した意味が薄れます。
現場では、列の半分近くが「昔の担当者が作った、いまは誰も見ていないもの」であることが珍しくありません。削る判断に迷ったら、元のファイルは残るのだから、必要になったときに戻せばよい、と考えてください。この時点では古いファイルを消さないので、削る判断は安全にできます。
削ったあと、残した列を役割で分類します。状態を表すもの、担当を表すもの、期限を表すもの、内容を説明するもの、参考情報。この分類は、移した先で何をどう並べるかを決めるときにそのまま使えます。
段取り3: 運用の言葉を先に決める
移す前に、チームで使う言葉を揃えます。進行の段階をどう呼ぶか、完了とは何をもって完了とするか、止まっている状態をどう表すか。ここが曖昧なままだと、移した先で人によって置き場所が変わり、集計が合わなくなります。
決めることは多くありません。段階の名前を4つから6つ、それぞれの段階に入る条件と出る条件を1行ずつ。これだけで運用の揺れは大きく減ります。段階を細かくしすぎると、どこに置くべきか迷う時間が生まれるので、最初は少なめに始めて足りなければ増やすほうが安全です。
段取り4: 小さく試す期間を置く
いきなり本番運用にせず、まず1週間から2週間、限られたメンバーだけで試します。この期間の目的は、使い勝手を確かめることではなく、「決めた言葉と置き場所が実際の仕事に合っているか」を確かめることです。
試す期間中に必ず出てくるのが、どの段階にも当てはまらない仕事です。差し戻しになったもの、先方待ちで動かせないもの、担当が決まらないもの。こうした例外を洗い出して、置き場所を決めてから本番に入ると、運用が安定します。
並走させる期間の決め方
移し始めても、古いほうをすぐ止めることはできません。並走の期間は必要です。ただし、この期間の設計を曖昧にすると、移行はここで止まります。
並走は必要だが、長く続けない
並走の目的は、新しい場所だけで判断できるかを確かめることです。確かめが済んだら終わりにします。目安として、繰り返し業務なら2週間から4週間、案件単位の業務なら案件1件分が終わるまで。区切りを先に決めて、開始の時点でチームに伝えます。
期限を決めずに始めると、並走はほぼ確実に長期化します。両方あるうちは、慣れている古いほうを見るのが自然だからです。現場では、期限を切らなかった並走は半年経っても終わらないと言われています。
二重入力を減らす3つの型
並走の最大の負担は、同じ情報を2か所に入れることです。ここを放置すると、入力する人の不満が一気に高まります。減らし方は3通りあります。
1つ目は、片方の役割を絞る型です。新しい場所には「いまの状態と次の担当」だけを置き、古いファイルには「確定した数字」だけを残す。役割が重ならないので、二重入力そのものが発生しません。移す業務が計算を含む場合はこの型が向きます。
2つ目は、期間で区切る型です。今週から始まる作業は新しい場所だけ、進行中のものは古いファイルのまま最後まで、と決めます。移す作業が発生しないので着手が軽く、進行中の案件をかき混ぜずに済みます。
3つ目は、まとめて写す型です。日々は新しい場所だけを更新し、週に一度だけ古いファイルへ結果を写します。写す作業は1人が担当し、他のメンバーは新しい場所だけを見る。報告のために古い形式が必要な場合はこの型になります。
どの型でも共通するのは、「両方に毎回入れる」だけは避ける、という点です。それだけは負担が二倍になり、しかも食い違いが必ず起きます。
正はどちらか、を最初に宣言する
並走期間に最も重要なのは、どちらが正しい情報なのかを一言で決めておくことです。食い違いが見つかったとき、どちらに合わせるかで揉めると、その場でチームの信頼が落ちます。
宣言の仕方は単純です。「この日から、進行の状態は新しい場所を正とします。古いファイルの進行欄は参考です」と伝え、古いファイル側の該当する列に「参考」と明記します。可能なら、その列の色を変えるか、シートの先頭に一行書いておきます。人は書いてあるものより見慣れたものを信じるので、見た目で分かるようにしておくと効きます。
正が2つある状態は、必ずどこかで破綻します。そして破綻したときに責められるのは、移行を進めた人です。宣言は自分を守るための手順でもあります。
いつ古いほうを閉じるか
移行が完了するのは、新しい場所を使い始めたときではなく、古いほうを閉じたときです。ここを決めないまま進めると、いつまでも両方が生き続けます。
閉じる条件を数字で決める
閉じる判断は、感覚ではなく条件で決めます。目安になる条件は3つです。
第一に、直近2週間、古いファイルを開いた人がいないこと。共有フォルダの更新日時やアクセス履歴で確認できます。誰も開いていないなら、実質的にはすでに使われていません。
第二に、進行の確認を新しい場所だけで済ませられること。会議で一度も古いファイルを開かずに進行が確認できた回が2回続いたら、条件を満たしたと判断してよいです。
第三に、例外的な業務の置き場所が決まっていること。差し戻し、保留、外部待ち。こうした状態の置き場所が決まっていないと、閉じたあとに「これはどこに書けばいいのか」が出て、また古いファイルが開かれます。
3つが揃ったら閉じます。揃わない項目があるなら、その項目だけを片付けて、期間をもう1週間延ばします。全体を延ばすのではなく、足りない部分を特定して延ばすのが要点です。
閉じる手順
閉じるといっても、削除ではありません。手順は次の通りです。
まず、古いファイルを読み取り専用にします。編集できない状態にするだけで、更新は止まります。次に、ファイル名の先頭に運用終了の日付を入れます。「20260901_運用終了_案件管理」のような形です。名前で分かるようにしておくと、後から探す人が迷いません。
そのうえで、保管用のフォルダへ移します。日常的に開くフォルダからは外し、過去分を置く場所にまとめます。最後に、チームへ一言伝えます。「この日から進行はこちらだけです。過去の内容は保管フォルダにあります」。この告知がないと、しばらくの間、探し回る人が出ます。
削除しないのは、記録として必要になる場合があるからです。過去の数値、当時の担当、確定した日付。これらは後から参照される可能性があります。閉じることと消すことは分けて考えてください。
閉じたあとに戻したくなったら
閉じたあとで問題が見つかることもあります。そのときに気をつけたいのは、古いファイルの読み取り専用を解除して両方を動かす、という選択を避けることです。それをすると並走が再開し、しかも今度は終わりの条件がありません。
問題が見つかったら、まずその問題だけを切り出して、どこで解決するかを決めます。新しい場所で解決できるなら設定を直します。どうしても表計算が必要な処理なら、その処理だけを新しいファイルとして作り、進行管理とは切り離します。全体を戻すのではなく、必要な部分だけを表計算に戻す。この形なら、移行の成果を失わずに済みます。
移したあとに使い続けてもらうための設計
道具を入れる話より、入れたあとにチームが使い続けてくれるかのほうが難しいです。ここで手を抜くと、数週間で元の運用に戻ります。
入力の負担を最初に削る
移行直後は、必要な項目を全部埋めてもらいたくなります。そこを我慢して、最初は入力必須の項目を3つ以内に絞ります。何の作業か、誰が担当か、いつまでか。この3つが埋まっていれば、進行の判断はできます。
項目を増やすのは、運用が定着してからです。定着していない段階で項目が多いと、埋めるのが面倒になり、そもそも登録されなくなります。登録されない情報は、どれだけ項目設計が良くても価値を生みません。
もうひとつ効くのが、入力の入口を1か所にすることです。作業の依頼が複数の経路から来ると、記録する場所も分散します。依頼はここに書く、と決めて、他の経路で来たものはとりまとめる人が代わりに登録する。最初のうちは代行が発生しますが、続けているうちに直接書く人が増えます。
会議の運び方を新しい場所に合わせる
定着させる方法として確実なのは、会議でその画面しか開かないことです。進捗確認の場で古いファイルを開くと、チームは「結局あちらが本番だ」と理解します。逆に、会議で新しい場所だけを見て進行が決まる状態が続けば、そこを更新する動機が自然に生まれます。
会議の直前に、とりまとめる人が更新の抜けを埋めておくのも有効です。抜けたまま会議に入ると「使えない」という印象になり、埋めておけば「見れば分かる」という印象になります。定着するまでの数週間だけの手当てなので、割に合う投資です。
更新されない列は消す
運用を始めて1か月経ったら、実際に更新されている項目と、空欄のままの項目を確認します。空欄のままの項目は、必要とされていないか、入力の負担が見合っていないかのどちらかです。前者なら消し、後者なら入力の仕方を変えます。
減らす方向の見直しを定期的に入れておくと、運用が重くなりません。新しい道具に移したのに前より面倒になった、という状態は、たいてい項目の増やしすぎが原因です。増やすときは、何を削るかとセットで考えてください。
つまずきやすい場面と、その場でできる手当て
進め方が正しくても、細かい場面でつまずきます。よくあるものを挙げておきます。
過去の案件をどこまで移すか迷う場面。原則として、進行中のものだけを移し、完了したものは移しません。過去分の検索が必要になったら古いファイルを開けばよく、そのために保管しています。過去を全部移そうとすると作業量が跳ね上がり、そこで移行が止まります。
社外の相手と共有していた表がある場面。相手の運用まで変えることはできないので、社外向けには従来の形式を残し、内部の進行だけを移します。外に出す形と内部で使う形は同じでなくて構いません。むしろ、外向けの体裁のために内部の運用が縛られている状態のほうが問題です。
反対する人がいる場面。反対の理由はたいてい「いまのやり方で困っていない」か「覚え直す時間がない」のどちらかです。前者に対しては、その人の業務は移さない選択が取れます。全部を一度に変えないという方針は、ここでも効きます。後者に対しては、最初に触る範囲を狭くして、覚えることを減らします。
移した先の使い方が人によってばらつく場面。これは運用の言葉を決めきれていない合図です。段階の定義を1行ずつ書き直し、画面から見える場所に置きます。ばらつきは注意ではなく定義で直します。
移行の途中で担当者が異動する場面。並走の設計と閉じる条件を文書にしていれば、引き継ぎは短く済みます。頭の中にしかない計画は、担当が替わった時点で消えます。段取りを紙に落としておくことは、移行そのものより重要かもしれません。
判断材料をどこで確かめるか
進め方が決まったら、最後に道具の候補を絞ります。ここで重要なのは、機能表の広さで選ばないことです。移す対象を絞り込んだ以上、必要な機能も絞られているはずです。使わない機能が多い道具を選ぶと、画面が複雑になり、入力してもらう相手の負担が増えます。
比較の出発点としては、いま候補に挙がりやすい道具との違いを一通り見ておくと判断が速くなります。カードを列に並べる形の使い勝手や無料で使える範囲の考え方はTrelloとの比較に、担当と期限の管理を重視する場合の違いはAsanaとの比較にまとまっています。文書とデータベースを兼ねる使い方との相性はNotionとの比較で、複数の案件を横断して見る使い方はmonday.comとの比較で確認できます。国内の開発現場で使われてきた道具との違いはBacklogとの比較、日本語圏のボード型の道具との違いはJootoとの比較にあります。候補が定まっていない段階なら、まず比較の一覧から自分の使い方に近いものを探すほうが早いです。
機能の範囲そのものはできることで確認できます。ここを見るときのコツは、あるかないかではなく、絞った対象の運用に必要な機能が揃っているかで見ることです。逆に、必要のない機能が多いことは利点になりません。
料金は移行の判断に直結します。機能で絞らず、区切るのは人数とボードの数だけという考え方の料金体系なら、「この機能を使いたいから上位プランに」という判断が不要になり、見積もりが単純になります。実際の金額と区切り方は料金で確認してください。料金や上限は変わるものなので、記事の記述ではなく公式のページで、いつ時点のものか、税抜か税込かを確かめる習慣を持ったほうが安全です。
既存の内容を運ぶ方法も先に確認しておくべき点です。自動で取り込める範囲は道具によって大きく異なり、対応しているのが特定のサービスからだけ、という場合もあります。何が自動で運べて何が手作業になるのかはTrelloからの移行にまとまっています。ここで手作業になる部分が多いと分かったら、段取り2の「持っていくものを削る」をより厳しくやる、という判断に繋がります。
社内の進行情報を外部のサービスに置くことになるので、安全性の考え方も確認しておく必要があります。どこにデータが保管され、誰が見られる設計になっているかは安全性の考え方で説明されています。稟議や説明が必要な組織では、この部分を先に押さえておくと話が早く進みます。
そのほか、運用に入ってから出てくる細かい疑問はよくある質問にまとまっているので、並走期間中に迷った点があれば先に当たってみてください。
道具を選ぶときに書き添えておきたいのは、どの道具にも向いていない使い方がある、という点です。ボード型の道具は、進行の状態を並べて共有することには向きますが、複雑な自動化や多数の外部サービスとの連携を中心に据えたい場合には物足りません。ソースコードを置く場所を兼ねたい場合も範囲外です。画面の言語が限られている道具もあり、海外拠点のメンバーが多いチームでは選択肢から外れることがあります。こうした制約は、移す対象を絞ったあとなら判断しやすくなります。全部をまかなう道具を探すのではなく、絞った対象に合う道具を選ぶ。脱エクセルの進め方として、この順番だけは崩さないほうが結果的に早く終わります。
Q1. 脱エクセルはどの業務から始めるのがよいですか?
複数人が同時に更新していて、期間が区切られている業務から始めるのが安全です。進行中の重要案件は避け、これから始まる小さめの案件や、5人前後で完結するチームの進行管理を選びます。関わる人が少ないほど、合わなかったときに戻す判断がしやすくなります。
Q2. エクセルを完全にやめる必要はありますか?
必要ありません。見積や原価の試算、月次の集計、社外へ提出する数表など、計算と分析が中心で更新する人が1人の作業は表計算のほうが速く進みます。移すのは、複数人が同時に触る進行の共有部分だけで十分です。
Q3. 新旧を並走させる期間はどれくらいが目安ですか?
繰り返し業務なら2週間から4週間、案件単位なら案件1件分が終わるまでが目安です。期限を決めずに始めると長期化するため、開始時点で区切りをチームに伝えます。あわせて、どちらが正しい情報かも最初に宣言しておきます。
Q4. 古いファイルはいつ削除すればよいですか?
削除は不要です。直近2週間誰も開いていない、会議で開かずに進行を確認できた回が2回続いた、例外業務の置き場所が決まった、の3条件が揃ったら読み取り専用にし、運用終了の日付をファイル名に付けて保管フォルダへ移します。過去の数値や日付は後から参照される可能性があります。